イジワル上司と秘密恋愛
3・逃げ出した週末
【3・逃げ出した週末】
会社での綾部さんはとても普通だ。
まるで、これっぽっちも私と関係をもったことなど感じさせない。
いつものように始業時間の二十分前に出勤して来て、先にフロアにいた私に「おはよう、今日も早いな」と声をかける。
十数時間前に肌を重ねあったことなど忘れたかのように。
それが私と彼の関係なんだと強く実感させられて胸が痛くなったけれど、覚悟していたことだから、こちらも冷静を装って返す。
「おはようございます、綾部課長」
振り向いて作り笑いを浮かべれば、綾部さんは“課長”の顔を崩すことなく目許を微笑ませ、柔らかな唇だけを物言いたげな含み笑いに歪めた。
何も変わらない一日だった。
いつもと変わらず私はマーケティングデータから新しいアイディアを搾り出し、ブレストに参加し、昼休憩のあとアイディアの改善をまとめて、さらにデータを集めて。
ただひとつ私を以前と同じ日常に戻してくれないのは、綾部さんと通り過ぎる度に感じるムスクの香りに泣きたくなるほど胸が締めつけられるということだけ。