イジワル上司と秘密恋愛
退社時間になり、私が帰るときには綾部さんはフロアにいなかった。どうやら夕方からの営業会議が長引いているらしい。
安心したような、寂しいような気持ち。きっと私はこれから毎日こんな風に馬鹿な期待とそれを裏切られる覚悟を抱いていくんだろう。
やるせなさを感じながら、フロアにまだ残っている人達に「おつかれさまです」と告げて会社を後にした。
***
『もう家着いた? おつかれ』『今日はいっしょに帰れなくて残念だよ』『志乃が疲れてなければ少し電話どう?』
連続して三回鳴ったラインの通知音が届けたのは、また私に虚しい期待をさせるメッセージ。
「……なんでこんなに優しくするんだろ……」
帰宅して食事の支度をしていた私は作り途中の料理を放って、スマホを握りしめたままコンパクトソファーに身体を沈める。
もし綾部さんに“マリ”さんがいなかったのなら、このメッセージがどんなに嬉しかっただろう。
きっと彼のくれる言葉の全てを素直に受けとめられたはず。
そんな『もしも』に少しだけ思考を浸らせてから、私はノロノロと指を動かした。