イジワル上司と秘密恋愛

席を立てば良かった。こんな会話いつまでも聞いていないで、食堂から逃げ出せば良かったのに、私は汗の滲んできた手で強くスプーンを握ったまま固まったように動けなくなってしまった。

そして。


「“マリ”ちゃん、そろそろ子供は?」

「考えてるよ。あいつも適齢期だし、準備進めてる」

「そっかあ、“マリ”ちゃん美人だから可愛い子が産まれるだろうなあ」


カタン、と。力の抜けた手からスプーンが零れ落ちてしまった。

その音に気付いた向かいの席の野崎さんが顔を上げてこちらを見やる。

「あれ、どうしたの志乃ちゃん。顔真っ青だよ」

「本当、具合悪いの?」

隣の柳さんに顔を覗きこんで肩を揺すられたけど、私は何も反応する事が出来なかった。

 
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