イジワル上司と秘密恋愛
ピンポーンと、部屋のチャイムが鳴ったのは時計の針が十九時を指す少し前。
思っていたより随分早い来訪に驚きながらも、自分の胸が僅かに喜んでしまったことが悲しい。
私を心配して早く来てくれた……? そんな馬鹿げた期待が捨てきれない。
けれど、そんな気持ちでインターフォンもとらず玄関のドアを開けてしまった私の目に映ったのは、意外すぎる人物だった。
「……急にごめん。どうしても話したかったんだけど、電話通じないから」
「……木下くん……」
夜の帳と共に訪れたのは、私を傷つける男ではなく、私が傷つけた男で——
「俺、春澤とちゃんと付き合いたいと思ってたから、どうしても納得できなくて。頼む、ちゃんと話しさせてくれ」
子供の頃いっぱい私を泣かせた木下くんは、今度は自分が泣きそうな瞳をしながら真剣に訴えかけてきた。
それを振り切る強さなんて、今の私にはある訳もなく。
「……私もちゃんと木下くんに謝りたいと思ってたの。そこの大通りのカフェで話しよう」
月の昇った空の下、私は綾部さんが来るかもしれない部屋から逃げ出して、木下くんと歩き出した。