イジワル上司と秘密恋愛
「……なんで来たんですか」
反抗的な声を出した私を、綾部さんは一瞬驚いてから見やり、すぐさま不機嫌な表情に変えた。
「なんだ、その言い草は。会社でのこと、まだ怒っていじけてるのか?」
「会社で生意気な態度をとったことは反省してます。けど、そんな態度をとられるのが嫌なら、もう……ここには来ないで下さい」
彼から離れる、最初の一歩。
今まで嫌いと虚勢を張ったことは何度もあるけれど、具体的に彼を拒んだのはこれが初めてだった。
けれど、一歩離れた私の心を彼の言葉がすかさず掴む。
「甘ったれ。来なかったらもっといじけるクセに」
腕を組んだ姿勢で冷ややかな目線を送りながら彼が浴びせた台詞は、こちらの心が透けて見えてるのではないかと焦るほど図星で嫌になる。
あんなに固く心に誓った決意を、どうしてこの人は砂糖菓子のように溶かしてしまうのだろう。
口を噤んでしまった私に、綾部さんはツカツカと近付くと乱暴に力を籠めて抱きしめた。