七夕再会~一時の恋
七夕にだけ再会デート
七夕デート
「ねえ」
隣に座っていた理都子(りつこ)が、声をかけてきた。僕たちは、今、あるカフェで七夕の美しい短冊が飾られた笹を見ながら、理都子の好きなシフォンケーキにコーヒーを頼んで、ゆっくり会話を楽しんでいた。
僕たちが会うのは、1年ぶりだ。そして、1年後にしか会わない。そういう関係だ。
僕と理都子は、以前は結婚していた。よい夫婦と評判だったが、子供はいなかった。そのことが、わずらわしい親権問題につながらず、結局離婚は順調に協議が進んで、僕たちは、さようならをした。
なぜ別れたの?とよく聞かれるが、明確な答えはない。別に嫌いになったわけでもなく、我慢できないことがあったわけでもない。お互いの実家ともうまくいっていた。なぜ、と聞かれれば、「友達でいたくなった」と答えるようにしている。
そう、男女関係には、結婚が合うもの、友情止まりでやめておくべきものがあるのだ。それは、2人にしか分からない。他人がくちばしをはさむべきことでもない。ただ、これだけは言える。
僕は、理都子に想いを抱き続けている。それは、妻にしたいという愛ではなく、彼女として付き合いたいという、「恋」だ。
「どうした、理都子」
「あれ」
理都子が指差してみせた先には、笹の下で仲良く携帯でツーショットを撮るカップルの姿があった。
「あんなことも、私たち、やったね」
「そうだな」
「でも、今は本当に七夕状態だね」
理都子は、銀色に輝く月のような笑みを浮かべた。そして、ケーキをひとかけら口に入れて、おいしい、とつぶやいた。
「あと、何年こんな関係でいられるかな」
「さあな。理都子に、彼氏ができたら、そのときはやめるんじゃないか」
「そっか。でも、もう彼氏はいいかな。今の、あっちゃんとのこの関係が好き」
理都子は、ほんのり顔を赤らめた。
「離婚して、分かったの。私がしたかったのは恋だって。夫としてあっちゃんを愛するんじゃなくて、恋していたかったんだなって。だから、今のこの七夕関係はお気に入り」
「僕もだ」
僕が、理都子の耳元でささやくと、吐息がくすぐったいらしく、彼女はちょっと身をよじった。
「ねえ。もし、織姫と彦星が、1年に1度しか『離れられない』 倦怠期の夫婦だったら、どうなんだろうね」
「なんだよ、それ。現実的過ぎて、ロマンチックでもなんでもないぞ。」
「でもさ、倦怠期の夫婦の織姫と彦星の方が、リアルで受けそうよ。嫌なおとぎ話になっちゃうけど」
理都子は、声を立てずに笑って、その後、財布から今日のデート代を払った。これもいつもの通りだ。自立した大人同士の付き合い、それが僕たちの関係だ。
「あっちゃん、今日はありがとう」
理都子は、短冊できらめく笹の方を眺めやり、ちょっとうるんだ瞳で言った。
「また、来年ね。彦星さん」
「じゃあな、織姫」
僕たちは、手を振って別れた。僕は、理都子の背筋がぴんと伸びた後姿を、いつまでも見送っていた。
七夕の夜にだけ再会する、元夫婦のちいさなお話。
(了)
隣に座っていた理都子(りつこ)が、声をかけてきた。僕たちは、今、あるカフェで七夕の美しい短冊が飾られた笹を見ながら、理都子の好きなシフォンケーキにコーヒーを頼んで、ゆっくり会話を楽しんでいた。
僕たちが会うのは、1年ぶりだ。そして、1年後にしか会わない。そういう関係だ。
僕と理都子は、以前は結婚していた。よい夫婦と評判だったが、子供はいなかった。そのことが、わずらわしい親権問題につながらず、結局離婚は順調に協議が進んで、僕たちは、さようならをした。
なぜ別れたの?とよく聞かれるが、明確な答えはない。別に嫌いになったわけでもなく、我慢できないことがあったわけでもない。お互いの実家ともうまくいっていた。なぜ、と聞かれれば、「友達でいたくなった」と答えるようにしている。
そう、男女関係には、結婚が合うもの、友情止まりでやめておくべきものがあるのだ。それは、2人にしか分からない。他人がくちばしをはさむべきことでもない。ただ、これだけは言える。
僕は、理都子に想いを抱き続けている。それは、妻にしたいという愛ではなく、彼女として付き合いたいという、「恋」だ。
「どうした、理都子」
「あれ」
理都子が指差してみせた先には、笹の下で仲良く携帯でツーショットを撮るカップルの姿があった。
「あんなことも、私たち、やったね」
「そうだな」
「でも、今は本当に七夕状態だね」
理都子は、銀色に輝く月のような笑みを浮かべた。そして、ケーキをひとかけら口に入れて、おいしい、とつぶやいた。
「あと、何年こんな関係でいられるかな」
「さあな。理都子に、彼氏ができたら、そのときはやめるんじゃないか」
「そっか。でも、もう彼氏はいいかな。今の、あっちゃんとのこの関係が好き」
理都子は、ほんのり顔を赤らめた。
「離婚して、分かったの。私がしたかったのは恋だって。夫としてあっちゃんを愛するんじゃなくて、恋していたかったんだなって。だから、今のこの七夕関係はお気に入り」
「僕もだ」
僕が、理都子の耳元でささやくと、吐息がくすぐったいらしく、彼女はちょっと身をよじった。
「ねえ。もし、織姫と彦星が、1年に1度しか『離れられない』 倦怠期の夫婦だったら、どうなんだろうね」
「なんだよ、それ。現実的過ぎて、ロマンチックでもなんでもないぞ。」
「でもさ、倦怠期の夫婦の織姫と彦星の方が、リアルで受けそうよ。嫌なおとぎ話になっちゃうけど」
理都子は、声を立てずに笑って、その後、財布から今日のデート代を払った。これもいつもの通りだ。自立した大人同士の付き合い、それが僕たちの関係だ。
「あっちゃん、今日はありがとう」
理都子は、短冊できらめく笹の方を眺めやり、ちょっとうるんだ瞳で言った。
「また、来年ね。彦星さん」
「じゃあな、織姫」
僕たちは、手を振って別れた。僕は、理都子の背筋がぴんと伸びた後姿を、いつまでも見送っていた。
七夕の夜にだけ再会する、元夫婦のちいさなお話。
(了)