ベナレスからの手紙

最後の日記

「助けて若林さん!もう体中が痛くて眠れません。寝返りさえも打てません。
手足をちょっと動かすのも大変です。悲壮な目つきで書いています。12月に
入りました。きっと手紙が来ます。絶対来ます。私は直感でわかるのです。
エイッと指を鳴らすとポストに手紙が入って輝いているんですよ」

「手紙はまだでしょうか?間違って京都に送ったのでは?それはありえませぬ」

「もうだめ!私死ぬ!手紙未だ?必ず来る!絶対来る!父にかみつきました」

「もうだめ!何が何だかわからない!手紙来てるはずよ!お父さん見てきて!」

「今日は父の大きな声で目が覚めた。いつが夜で昼なのかわからない。若林さん
からの手紙が来てたぞーっ!だって。大きな声で恥ずかしい。インドからの航空
便やっと来ましたね。それだけで涙がいっぱいたまってなかなか読めませんでした。

父が何度も繰り返して読んでくれました。ガンジス河が目の前に広がり私の枕元で
若林さんが手紙を読んでくれています。杏子さんお元気ですか。僕は今インドの
ベナレスにいます。ガンガには不思議に人の心を癒す魅力があります。(もう覚えて
しまいました)ヒマラヤから大自然の懐に抱かれて母なるガンガではやすらかに

死を迎えることができる。死んだら私の体も灰になってガンジス河の底深く沈んで
いくようです。白い布に包まれた私の亡骸は少し重たそうですきれいな花いっぱい
に飾られて前を父が後ろを若林さんが担いでいます。

太くて重い私の亡骸にはなかなか火がつかずに父は困っています。やっと火が付き
母と3人で私が真っ白な灰になるまで祈り続けていてくれました。ありがとう若林
さん。告白します。私の人生で心の底から愛した人は若林治さんあなた一人でした」

日記はここで終わっていた。治は心の奥底からふつふつと自責の念がこみあげてきて
涙が次から次へとあふれ出てきた。

『ごめんよ杏子!資格なんているものか!ほんとに気が付かなくてすまなかった』
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