遠い夏の少女
クマゼミのシャアシャア鳴く声が夏の暑さを増幅させる。
だが、そんな暑さなどお構いなしに、俺は虫網を片手に山を駆け回った。
山には普段体験できないものがたくさんあった。
ひとつ新しい発見をする度にその興奮に喜びを感じていた。
澄んだ清流に魚の姿を見つけたこと、大きなカブトムシをクヌギ林で見つけたこと、庭の畑でアゲハ蝶の孵化を見たこと、そんなこと全てが都会暮らしでは味わえない楽しい経験だった。
友達と遊ぶことこそ出来ないが、それを補って余りある刺激がそこにはあった。
そんな夏休みを過ごしていたある日、俺はひとりの少女と出会った。
山の中を流れる小さな川に腰まで浸かりながら小魚を追っていた時だった。
『君、どこのコ?』
その声に顔を上げると、岸に白いワンピースを着た少女がひとり立っていた。
リボンのついた麦わら帽子をちょこんと被った少女は弾けるような笑顔で俺を見ていた。
その少女の笑顔の眩しさに、俺はつい見とれて言葉を返すのを忘れてしまった。
『君、この辺のコじゃないでしょ?もしかして、山城さんちに夏の間だけ来てるってコが君?』
俺は彼女の言葉にコクリと頷いた。
『私、美穂よ。奥秋美穂。君、名前は?』
明るい笑顔の彼女に俺はおずおずと答えた。
『山城健一』
『健一君ね。ねぇ、健一君、お友達になって』
彼女は明るい声で俺にそう言った。
俺は恥ずかしさと嬉しさで真っ赤になって答えた。
『うん、いいよ』
俺の言葉に、美穂ちゃんは嬉しそうな笑顔を見せた。
その笑顔の眩しさに、俺は照れくさくなって頭から川に潜った。