遠い夏の少女
それからというもの俺は毎日、美穂ちゃんと遊んで夏休みを過ごしていた。
彼女は俺の山遊びに付き合ってくれもしたが、時折、俺を彼女の家に招待してくれることもあった。
そんな時は必ず、一生懸命練習しているというバイオリンを弾いてみせてくれた。
『この曲大好きなの』
そう言って彼女は優しい音色の曲を演奏してくれた。
バイオリンのG線だけで演奏する「アリア」という曲だった。
俺はいつしか、彼女の奏でるメロディとその曲の優しさに心奪われていた。
そして彼女自身にも………
夏休みも終わる頃になると、彼女との別れに子供ながらに心が痛んだ。
だけど、来年また来るよ、と彼女に伝え手を振って祖父母の家を後にした。
そんな夏休みを3年ほど俺は過ごしていた。
だが、小学校の5年生になった夏休みは、俺は祖父母の家にはいかなかった。
少年野球に熱中し練習漬けの日々を過ごしていた。
そして、翌年も、中学生になってからも。
次に祖父母の家に行ったのは、彼等の葬式の時だった。
仲良くというか、なんというか、揃って病気で入院していた祖父母は、揃って亡くなった。
祖父が亡くなった翌日に祖母も息を引き取ったのだった。
その頃、俺は高校生だった。
何年かぶりに足を踏み入れた田舎の山は変わっていなかった。
ただ、祖父母と過ごした家は小さくなったように感じた。
おそらく、それは自分が成長したからであろう。
葬儀の時に、セーラー服を着たひとりの少女が俺を見つめていた。
おそらく、それは美穂ちゃんだったのだろう。
幼い頃の面影を少しだけ残していたが、凛とした美しさを秘めた女性に変わっていた。
俺は彼女に声をかけることはしなかった。
そして、彼女からも俺に声をかけることはなかった。
彼女は亡くなった俺の祖父母のご近所さんで、俺は孫であるだけだったから。