恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
1.Yellow light
珍しく東京に雪が積もった、二月のある日のこと。
雑居ビルの二階に入った法律事務所の一室で、事務所の所長である相良桐人(さがらきりと)は、若い女性に法律相談を受けていた。
「遺言状……ですか」
「はい。今は婚約者ですが、彼とはいずれ結婚します。そのあとで私が死んだら、私の財産は全部彼のものになるんですよね?」
「ええ、法律的には」
「彼に財産を渡したくないわけではないんです……でも、彼を自由にするためには、彼以外を遺産の相続人にしたくて」
(自由に、ねえ……)
桐人の前で、浮かない表情をする女――諏訪琴子(すわことこ)は、資産家の娘である。
彼女の家系は皆そろって体が弱いらしく、両親も祖父母も若くしてこの世を去っている。残された莫大な遺産は、現在琴子ひとりのもの。
それは彼女が働かなくても十分に生活できる程のものであり、実際彼女は無職。
……しかし、彼女の境遇は決して羨ましいと思えるものではない。
彼女は二十七歳という若さで、自分の寿命もそう長くはないだろうと悲観していて、自分が引き継いだ財産に関して、今の内から遺言を残しておきたいと思っているのだ。
「彼以外に、相続させたいと思っている人はもう決まっているんでしょうか」
「……正直、それは、まだなんです。とにかく、彼以外の人……としか」
色素の薄い髪、それとよく似た薄茶色の瞳。雪のような白い肌。
仕事の依頼に訪れた女性が琴子のように美しい容姿だった場合、女性好きないつもの桐人なら“ラッキー”と思うところなのだが、今回は違った。
(病気がちで、婚約者以外に家族と呼べる者のいない孤独な美女……そして、苗字は“諏訪”。たぶん、彼女の“ライバル”に違いないだろうな)
そんな、仕事のこととは別の思考に頭を支配されている桐人に、琴子は不安げに尋ねる。
「……こういうケースって、無理なんでしょうか」
「……あ、いえ。すいません、ぼうっとして。決して無理ではありませんよ。“遺贈”というものがありますから、遺言でその旨をはっきりさせておけば――――」
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