恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
3.One way
「……みっちゃん。受かったよ、わたし」
「K大? すげぇじゃん、おめでと」
「……それだけ?」
放課後の体育倉庫で、顧問を務めるバスケットボール部の備品を数えていた俊平は、傍らで頬を膨らませる女子生徒の方をちら、と向く。
夏に引退するまでバスケ部の部員であった三年生の香坂仁奈(こうさかにな)。
小柄な体型、そのわりに発育の良い胸、そして肩の上で丸まった、柔らかそうなボブヘア。
(……相変わらず、昔のアイツに似てやがる)
俊平はそんなことを思いながら、数えていたビブスに再び視線を落としてそっけなく言う。
「それだけって?」
「もー! 約束したじゃん! 大学受かったら、してくれるって。……キス」
俊平にとって、18の女などただの子供。それは事実だが、仁奈だけは少し特別だった。
とはいえ、明らかに自分に気がある素振りのあった仁奈に、『志望校入れたら、キスしてやる』と言ったのは、完全に冗談のつもりだったのだが。
俊平は数え終わったビブスを棚に戻すと、穏やかながら一線引くような笑顔を浮かべ、仁奈にいう。
「それはさ、香坂がそれで頑張れるならと思って言っただけ。……つーか、知ってるだろ? 俺もうすぐ結婚すんの」
「……知ってるよ。だから、高校生活最後の思い出にするだけだから……一回だけ、お願い」
切ない表情で言った仁奈は、今まで開け放たれていた体育倉庫の扉を後ろ手にがらがらと閉じた。
部活中の生徒たちの声やボールの弾む音が、途端に遠ざかって、別世界のものになる。