恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「……あのときの、興奮状態の琴子さんを放って置くのは怖かったし」
「ごめんなさい……でもそのおかげで、こうして少しは落ち着いてます。今はむしろ、相良さんのほうが、つらそうに見えるんですけど……」
琴子が控えめに言うと、桐人は背中からベッドにボスンと倒れ込み、ゆっくり瞬きをしてからこう話す。
「……うん。今、弁護士なんか辞めたいと、人生で初めて思ってるからね」
「無事……だといいですね。相良さんの、大切な人……」
「今は、無事でも……俺のせいで、明日には殺されちゃうかもしれない」
「そんな言い方……」
「……だって、本当のことだろ」
桐人にしては珍しく、荒々しく語気を強めて言った。
彼は今、弁護士と、一人の男としての立場の狭間で、もがき苦しんでいる。
それはとうとう明日に迫った殺人事件の裁判と、それから夏耶のことが、彼の胸の内で複雑に絡み合っているからだった。
はじまりは、夏耶が姿を消してしまったあの日――。
彼女は、桐人や津田が真犯人として目をつけていた三河に連れ去られていたのだ。
そして三河は相良法律事務所に電話をして、ある要求をつきつけてきた。
「犯人の要求は、被告人の有罪判決。つまり、八百長で適当な弁護をしろってことだ。それで依頼人を罪人にすれば、彼女は解放される。…………でもさ。そのために冤罪が生まれるなんてこと、俺には許せそうにないんだよ……」
愛する人を守るために、依頼人を裏切るか。
真実を明らかにするために、愛する人を見殺しにするか。
どちらを取ってもいばらの道であることに変わりはないが、法廷に立ってしまえば、自分は弁護士として最良の道である方を選ぶであろうということが彼にはわかっていた。
決して夏耶を軽んじているわけではない。
彼はそれほど弁護士と言う仕事に誇りを持っているということだ。