恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


「相良さん……」


琴子は自分もそっとベッドに横になり、桐人の体に寄り添うように身を寄せた。

自分にできることはこれくらいしかない。そんな一心で、彼に体温を分け与える。

桐人は抱き締め返すことも、拒むこともしなかった。

そうしているうちに、琴子の心の中に、自然とある欲求が生まれてきた。


(もっと……彼の助けになりたい。私たち、大人で、男と女なんだから、もっと簡単に、気持ちを楽にさせる方法があると思う――――)


琴子はゆっくり身を起こして、顔の横に垂れる長い髪を耳に掛けると、目を閉じて、桐人の顔に自分の顔を近づけて行った。
もちろん、キスをするつもりで。

けれど、鼻先が触れるか触れないか――そんな距離まで接近したそのとき、桐人は人差し指を立てて、彼女の唇をそっと押し返した。

唇でないものの感触に思わずまぶたを開けた琴子の目の前には、桐人の申し訳なさそうな微笑があった。


「……ゴメン。キスは……できない」


そして「よっ」と言いながら起き上がった彼は、琴子の方を見ないで静かに話す。


「……俺がこんなんだから、心配してくれてるんだよね。ありがとう。……でもさ、ダメだよ。……気持ちのないモン同士がそういうことしちゃ」


過去の桐人が聞いたら、耳を疑う台詞であろう。けれど、今の彼にとっては本心だった。


「……手を、繋ぐのはいいのに?」


琴子はどこか腑に落ちない様子で、そう尋ねる。


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