恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
桐人は自嘲気味に笑い、琴子の方を振り返ってこう言った。
「……ホント、おかしな話だよな。でもほら、今流行の“添い寝フレンド”ってやつ?……ああいう感覚かも」
心の中に降り積もった悩みやストレスを、ただ一人で処理できればもちろんそれが理想だろう。
けれど、今の桐人にはそれができなかった。
今こうしているうちにも、夏耶の身が危険に晒されているという現実は、一人で抱え込むには少々重すぎたのだ。
「……でも、きみがそれを望まないなら、今夜は帰るよ。そのうち彼も帰って来るだろうしね」
「……私、もう、俊平のことは……」
「でもほら、“仕返し”をする日までには、いちおう仲良く暮らさなきゃ、でしょ?」
仕返し――というのは、この数日で二人が考えた、俊平への罰のようなものだった。
先に提案したのは桐人の方で、琴子がそれに賛成した形である。
その内容があまりにも腹黒いものであったため、琴子はそのとき意外そうに言った。
『相良さんって、すごく優しい人っていうイメージだったのに、こういうことを考えるのも得意なんですね』
桐人はふっと鼻から息を洩らして笑ったあとで、冷たくこう言い放った。
『……弁護士は性格悪いよ? 特に、自分の“敵”には』
なぜ、俊平が桐人の敵になるのかを、琴子は知らない。
だから、その言葉に深い意味があるとは全く思わなかった。
桐人も、琴子にだけは、夏耶と俊平の間にあった出来事を言うつもりはない。
それは、琴子を傷つけないためなのか、夏耶の名誉のためなのか……
それとも、ただ自分が事実から目を背けたいからなのかは、わからなかったが。