恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「……じゃあ、失礼するよ」
ベッドから腰を上げた桐人が、そう言って玄関に向かっていく。
しばらく呆然とその後姿を見つめていた琴子だったが、次第に胸に息苦しさを覚えて、桐人の元へ駆け寄った。
「――待って!」
すでにドアノブに手を掛けていた桐人が、不思議そうに振り返る。
すると、琴子の胸が、締め付けられたようにきゅう、と縮まった。
こんな痛みを覚える理由はたったひとつ。
この世の終わりのような、絶望の淵から救ってくれたのが、たまたま彼だっただけ。
ただ、それだけ――。
最近、そんなことを自分に言い聞かせることが多くなっていた琴子。
彼女は今になって、その理由が分かったような気がした。
(……相良さんにとっては“添い寝フレンド”でも、私は……)
琴子は苦しげな顔で桐人を見上げ、それから切なく懇願するように、こう言った。
「“仕返し”が終わって……俊平とのこと、何もかも終わりにしたら……私のこと、一人の女性として、見てくれませんか?」
桐人は驚き、けれど琴子の様子から、嘘や冗談でないことはすぐにわかった。
「……俺みたいな男なんて、やめといたほうがいいと思うけど」
「相良さんは、素敵な人です……少なくとも、私にとっては」
「…………考えておくよ」
こんな風に曖昧に濁す自分を、桐人は卑怯者だと思う。
けれど、今は正直、琴子の気持ちを受け入れる心の余裕はなかった。
「じゃあ……また。明日の裁判、健闘を祈ってて」
彼は追い縋るような琴子の視線に気づいていながらも、それを無視して彼女の部屋を後にした。