恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
15.Passing lane
夏耶の行方が分からなくなってからおよそ二十日が過ぎた今日、東京地方裁判所の数ある法廷のうちの一つで、運命の裁判が開廷しようとしていた。
「――相良桐人? フン。関係ないわよ弁護人が誰であろうと」
側近の刑事にそう言い残して、法廷内に入っていく女性検察官。
凛とした立ち姿にショートヘアの髪型は、彼女の聡明さを物語っているようだ。
カツ、とヒールを鳴らして颯爽と検察側の席に着いた彼女の名は牧原瑞枝(まきはらみずえ)。
桐人より三つ年下の彼女はまだ若手といえるが、優秀な検察官である。
法廷で桐人と戦うのは初めてのことだが、彼が一筋縄ではいかない弁護をすることは検察庁内でも有名な話。
けれど瑞枝は、今回の被告人の罪を、確実に立証する自信があった。
(決定的な証拠が見つかったんだもの……どんなに有能な弁護士でも、私の立証に文句はつけられないわ)
瑞枝はちょうど真向いの弁護席に着く桐人に、威嚇するような視線を投げる。
しかし、それに気づいた彼は瑞枝が拍子抜けするくらいに呑気な笑顔を浮かべ、さらには彼女に手を振って見せた。
(なっ……!? ここは法廷よ? この男は何をへらへらしているの……!)
瑞枝が腹を立てている間に、裁判官が入廷してきた。
それと同時に桐人の表情からスッと笑顔が消え、瑞枝も冷静さを取り戻す。
きっと、ああしてこちらのペースを乱すのが彼のやり方なのだ。それに乗せられてはいけない――。
看守に付き添われて被告席に着く大男、今回の裁判の被告人である増本茂は、さも反省しているかのようにしおらしくしているが、それも桐人の指示に違いない。
瑞枝がそんなことを考えている間に、公判開始の合図があり、彼らの戦いがとうとう幕を開けた。