恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
三河に似合うのは、こんなハイグレードなマンションでなく、木造二階建てのアパートかなにかだろう。
夏耶がそう思ってしまうのには理由があった。三河の作業着には、仕事でついたのであろう汚れの他に“(有)田中金属”という刺繍がある。つまり、彼はおそらく金属を扱う町工場で働く人間。
いくら羽振りがよくたって、そこでの収入だけでこのマンションには住めないと、夏耶は推理しているのだ。
だったら一体この部屋は……?とさらに思考を巡らせようとしていたら、リビングのローテーブルに置きっぱなしになっていた三河の携帯が鳴り出した。
すると、トイレにでも行っていたらしい三河がすぐに部屋に戻ってきて、夏耶を横目で見ながら電話に出た。
「……はいはい。裁判の実況かな?」
それだけ言うと、彼は携帯を耳から離してスピーカー機能をオンにする。
『……被告人の罪状認否まで終わって、休憩に入ったところです。増本は依然、殺人など犯していないと言い張っています』
(豪太くんの声……彼もきっと私のこと、心配してるよね……)
緊張感をはらんだ豪太の声を聞いて、夏耶は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
三河は、自分が裁判所に足を運べない代わりに、夏耶と同じく桐人の部下である豪太に、裁判の報告係としての役割を与えていた。
もちろん、“嘘をついたら沢野夏耶の命はない”と、脅したうえで。
「ふーん……往生際の悪い男だね。まぁいいや、これからアイツがやったっていう証拠がゴロゴロ出てくるんだから。ちなみにさ、弁護士の様子はどう?」