恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
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豪太が三河に電話で伝えた内容は、全くの嘘である。
裁判は弁護側が不利な状況であるということにして、三河を優越感に浸らせておくのが、夏耶の安全のために一番いいだろうと、桐人と豪太は考えたのだ。
そして、実際の戦況は――――
「――弁護側は、被告人とは別の真犯人の存在を主張します」
検察側の冒頭陳述のあと、何か反論はあるかと裁判官に問われた桐人は、凛とした声でそう言った。
しかし検察官の瑞枝は、彼をばかにするように鼻で笑う。
「……苦し紛れに何を言うかと思えば」
「苦し紛れではありません。弁護側は、確信しています。被告人、増本茂の無罪を」
弁護士にできる捜査など、たかが知れている。それなのに堂々と被告人の無罪を主張する桐人の真っ直ぐな瞳に少したじろぎながらも、瑞枝は気を取り直して裁判官に視線を向ける。
「……弁護人の主張がどれほどばかばかしくて的外れであるのか、これから検察側の立証に移らせていきたいと思います」
捜査資料を手にしながらも、瑞枝はその中身をすでに暗記していて、彼女は桐人を睨みつけながら、それをよどみない声で読みあげる。
桐人はその中に、自分が知らない情報があることに気が付き、瑞枝の方にちらりと視線を投げる。
(“被告人の指紋がついた凶器が発見された”だって……? 津田刑事からは何も聞いてないぞ)
津田はこの事件の担当刑事であるから、凶器の情報を知らないわけがない。
そして凶器が見つかったら自分に情報を流すようにと、約束したはずだったが……