恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
しかし、そんなことをここで明かすわけにはいかない。
桐人が反論したいのを堪えて黙っていると、証拠品であるその凶器が裁判官に提出された。
何の変哲もない白のビニール紐であるが、それに、被告人の指紋と被害者の皮膚の一部がついていたのだという。
「……これ以上決定的な証拠はないと思いませんか? 弁護人」
勝ち誇ったような表情で桐人を見つめる瑞枝。
けれど彼は悔しがることも焦ることもなく、手元にある捜査資料を見ながら必死で頭を回転させる。
(確かに決定的な証拠だけど……何かおかしい。こんなにわかりやすい証拠があるなら、なぜ、最初から見つからなかった? それに、わざとらしく付着した指紋……)
「……質問があります。この凶器が見つかったのは、どこですか?」
「捜査資料に書いてあるのが読めないのかしら? 被害者と被告人が暮らしていた部屋の中からよ」
「……どうして発見が遅れたんですか?」
「警察の捜査に問題があったと言いたいの? まあ確かに、凶器を発見するまでに時間がかかったことは認めるわ。けれど、問題はそこじゃないはずよ。被告人の指紋がついた凶器が今ここにある。それで充分だと思いませんか?」
冷静に言った瑞枝だったが、彼女の微妙な変化を桐人は見逃さなかった。
“問題はそこじゃない”と言った時の彼女の声と瞳に、少しの緊張と後ろめたさが滲んでいたのは、おそらく気のせいじゃない。
桐人は鋭い視線を瑞枝に向け、彼女に問いかける。
「……単刀直入に聞きます。その証拠、本当に捜査で見つかったものですか?」