恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
4.Distortion
「……ただいま」
夏耶のことを考えながら帰ってきてしまったことが後ろめたく、いつもよりトーンを押さえた声でそう言いながら玄関の扉を開けた俊平。
するとそこには、琴子のロングブーツの他に、明らかに男物の革靴が揃えて置いてあって、俊平は怪訝に思った。
(誰だ……?)
琴子には、親も兄弟もおらず、俊平と婚約するまで天涯孤独の身だった。
数人の友人の名は聞いたことがあるものの、そこに男が含まれていた記憶はない。
琴子は少し世間知らずなところがあるから、執拗な訪問販売にでもつかまってしまったのだろうか。
そう思いながらリビングダイニングに続く扉を開けると、いつも自分が琴子と食事をしている椅子に、スーツ姿の見知らぬ男の姿があった。
スッキリと後ろに流したダークブラウンの髪の、一束だけが眉のあたりに垂れ下がって、そこから大人の色気漂う、男の俊平から見ても姿の良い男。
扉に背を向けて座る琴子より先に、その男が俊平に気付いて、即座に椅子から立ち上がる。
「――ご不在の所にお邪魔してすみません。私、こういう者です」
うやうやしく名刺を差し出したのは、相良法律事務所所長、相良桐人。
彼は初めて琴子から相談を受けたあの日以来何度か彼女と会っていて、琴子と俊平の関係がどのようなものであるかは、だいたい把握していた。