恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
いつもの顔ぶれがそろうと、さっき我慢した涙がふたたび夏耶の瞳に浮かんでくる。
今思うと、得体のしれない殺人鬼と、二十日近く二人で過ごしていたのだ。
その間は緊張感が張りつめていたから平気だったものの、桐人と豪太の顔を見たら、一気に気が緩んで安堵の気持ちが胸に押し寄せた。
「……二人とも、ありがとうございました……ごめんなさい、心配かけて……」
ぐす、と鼻を啜りながら言った夏耶に、豪太が慌てる。
「そんな! 沢野さんが気にすることじゃないです!」
「でも……豪太くんも大変だったよね? 連絡係だなんて……」
「ま、法廷からつまみ出されそうになった時は焦りましたけど……そんなの沢野さんの置かれてた状況に比べたら屁でもないっす」
胸を張ってエラそうに言った豪太に思わず夏耶がふふっと笑う。
そしてベッドサイドのティッシュを一枚取って目元を拭っていると、これまでベッドの反対側で黙っていた麻衣子がぎしりと椅子から立ち上がって言った。
「ちょっとゴータくんとかいう子。 私と一緒に飲みものでも買いに行くわよ」
「え? まだ沢野さんと話したいのに……つか、あなた誰ですか?」
麻衣子はその問いには答えず、無理やり豪太の耳を引っ張る。
「痛ててて……! は、離してください……!」
「うるさい! 少しは空気ってもんを読みなさい!」
そうして騒がしく部屋を去って行った二人。
病室には夏耶と桐人の二人だけになり、急に訪れた静けさが夏耶には気まずく感じられた。
桐人はゆっくりとベッドの反対側にまわって、さっき麻衣子が腰かけていたパイプ椅子を引いてそこに座った。
さっきより縮んだ距離のせいか、ほのかに漂う桐人の煙草の香りが鼻をくすぐり、夏耶の胸がドキンと跳ねる。