恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「……俺さ。沢野が無事に戻ってきてくれたら、言おうと思ってたことがあるんだけど」
窓から差し込む日差しは西に傾いてきた。
それに照らされて金色に光る桐人の髪を見ながら、夏耶は聞き返す。
「なんですか……?」
「うん。……あのさ」
言いかけたものの、桐人はその先の言葉をなかなか継げなかった。
前もそうだった。酒の力を借りても言えずに、彼女を傷つけるような嘘だけ吐いて――。
沈黙が続いて、二人の間に気まずい空気が漂う。
先に耐えられなくなったのは夏耶のほうで、彼女も長い監禁生活のなかでずっと考えていたことを、桐人に話した。
「先生。私ね……一度、幼なじみに、この子のこと話してきます」
布団のかかったお腹の辺りに視線を落としてそう言った夏耶。
予想していなかった言葉に戸惑った桐人は、自分の言おうとしていたことを一瞬忘れて、夏耶を見つめる。
「父親になってもらうように……頼むってこと?」
その問いに、夏耶は静かに首を横に振った。
「そんなことは全然思ってません。でも、この子が産まれて、言葉が分かるようになったときに……私はあなたのお父さんのことが大好きだったって、だからあなたが産まれて来たんだって。……そう話すことを許してもらおうと思って」
夏耶の表情にはまだ見ぬ子供への愛情が滲んでいて、桐人は焦りに似た気持ちを抱いた。
一生懸命母になろうとしている彼女を応援したいはずなのに、子供の父親は俊平であるという、絶対に揺らがない事実が胸に重くのしかかる。