恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
夏耶の名を聞いて、俊平が心を乱されないわけがない。
しかし、彼には会う勇気がなかった。もしも実際に会う約束をしたら、夏耶は自分に内緒で桐人をその場に連れてきたりするのではないかと、勝手に疑った。
それに、今自分の側には幸せそうな琴子の存在がある。
夏耶のお腹にいる子は、きっと桐人がなんとかするだろう。
そんな他力本願な考えで自分をごまかし、俊平は夏耶に会うことを頑なに断った。
断りつづければ、いつか夏耶も諦めて、子供のこともなかったことになるような気がした。
最低だとわかってはいたが、俊平はそんな自分に、もはや慣れているのだった。
「私たち二人は、今日皆様の前で結婚の誓いを……」
俊平が声に出した時、重なるはずの琴子の声が聞こえず、彼は思わず隣を見た。
誓いの言葉はすべて二人で声を揃えるはずなのに、彼女は口を開こうとしない。
緊張しているのかと俊平が彼女の肩に手を置こうとすると、琴子はその手をパシンと払いのけた。
祝福ムードの高まっていた会場が、異様な静けさに包まれる。
「琴子?」
「……触らないで」
唇を震わせながら、琴子は俊平の方を見ずに言う。
「どうしたんだよ。どっか体の調子でも……」
心配そうに俊平が言うと、ふるふると首を横に振った琴子は思いつめたような眼差しで彼を見た。
そして――。
「教え子に……いやらしいことした手で、私に触らないで」
俊平は目を見開き、息を呑んだ。静かだった会場が途端にざわつく。
(どうして、琴子がそれを……)