恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
納得のいかない顔で不貞腐れる豪太の反応は、上司としては素直に嬉しい桐人だが、旅立つのはもう決めたこと。今さら覆す気はない。
ぶすっとしている豪太を横目にひらひらと手を振って、事務所のドアノブに手を掛ける。
「……俺、やっとわかりました」
そのとき、豪太が発した言葉に、桐人が振り向く。視線がぶつかると、豪太は怒ったような口調で言った。
「相良さんの本命」
予想外の言葉に、一瞬固まってからふっと笑みを漏らした桐人。
やっとわかったのかと豪太をからかうか、知らない振りで誰?と聞いてみるか……。しばらく悩んだ結果、彼が選んだ言葉はこうだった。
「……本命なんていないよ。いるなら、かっさらってアメリカ連れてくって」
桐人がかつて得意だった、軽い冗談交じりの発言。
今はそれがかえって白々しいと、桐人は言ってから自分自身で思った。
「……さらえない状況だから。だから、何も言わずに行くんですよね?」
「どしたの中野。……今日、冴えてんじゃん」
「ふざけないでください! 俺は……!」
熱くなる豪太と対照的に、桐人は落ち着いた様子で一歩彼の方に歩み寄ると、穏やかな笑顔を浮かべた。
「……ちゃんと挨拶できなくてゴメンって、お前から言っといて」
「相良さん……」
「彼女が困ってたら、助けてやって。仕事柄シングルマザーはたくさん見てきたけど、みんな大変な苦労を抱えてたから」
豪太が複雑な表情で何も言い返さなくなると、桐人はくるりと彼に背を向ける。
そして振り返らないまま、「じゃあね」と言い残し、事務所を後にした。