恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


振り向いた花嫁は、やはり琴子だった。桐人をみつけた彼女は、それまでの切羽詰まったような表情をほっとしたように緩ませる。

ストレートのロングヘアは毛先に軽いウエーブがかかっていて、シンプルなAラインドレスは色白で華奢な彼女によく似合う。

そういえば、今日は彼女と俊平の、“形だけの”結婚式だったか。

桐人は彼女の服装に少し納得しつつも、その格好で空港に居る理由はわからない。

まるで今から旅立つかのように、大きなボストンバッグが傍らに置いてあるが――。


「どうしてここに? あ、もしかして俺を見送りに来てくれました?」


冗談っぽく尋ねた桐人に、琴子は唇を噛んで首を横に振った。

そして、潤んだ瞳で彼をまっすぐに見つめると、訴えかけるようにこう口にした。


「私も、連れてってください……」

「え?」


桐人は眉根を寄せ、聞き間違いかと彼女を見つめ返す。


「私、遠い場所で人生をリセットしたいんです。もう、日本にいる理由もない」

「い、いやいや。その格好、出国止められますって。彼と完全に別れてきたってことで、ちょっと興奮してるんじゃないですか?」


まさか本気ではないだろうとなだめるように聞いてみるが、琴子は足元のバッグに視線を落とすと言った。


「服なら、ここにあります。チケットも、運よく空きがあったのでさっき買いました。まだ時間に余裕がありますから、出国の手続きも間に合うはずです」


琴子の切実な表情に、桐人もそれまで浮かべていた笑みを消すと、静かに問いかける。


「……本気?」

「本気です、もちろん」


桐人はしばらく黙って、悩んでいた。

以前、彼女に告白じみたことをされたとき、ちゃんと受け止めずにはぐらかしてしまった覚えがある。

それを、今ここでハッキリさせてもいいかもしれない――。

大きく息を吸ってから、真面目な表情で琴子を見つめると、桐人は口を開いた。



< 166 / 191 >

この作品をシェア

pagetop