恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


「……なぁ。お前のお母さんの名前って?」


急にそんなことを訪ねてくる俊平に、少年は少し不気味さを覚えながら、ぼそりと答えた。


「……かやだけど」


(……思った通りだ)


夏耶とその子供が、たまに実家に帰っているというのは親から聞いたことがある。

けれど、その話を聞くと俊平は余計に家から出たくなくなり、今まで一度も二人と顔を合わせたことがなかった。

目の前の子は、もう四・五歳といったところだが、自分が家にいて不毛な時間を過ごしていた間に、こんなにも成長していたということか。

俊平はなんとも言えない複雑な気持ちを抱えて、男の子に語りかける。


「もうひとつ、教えて欲しいんだけど。俺を、やっつけたい。……そう思うのはなんでだ?」


静かに尋ねると、男の子は急に頼りない表情になった。今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて、俊平を見つめる。


「ばーちゃんとか、じーちゃんが……」

「……うん」

「“しゅんぺー”ってヤツのはなし、ときどき、するんだけど」

「……うん」

「おかあさん、そのあとで、おれのことぎゅってして、なくんだ」


そこまで言うと、男の子の目から涙が溢れてぽろぽろとこぼれた。

目と鼻の頭を真っ赤にして、ひっくひっくと肩を震わせるその姿から、彼がどれだけ夏耶のことを思っているのか伝わってきて、俊平の胸が詰まった。



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