恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「沢野……」
煙草を口から離し、驚いたように彼女を見つめる。
ボブだった髪は肩について綺麗に丸まり、当たり前だが膨らんでいたお腹が元通りになっている。
幼さの残る笑顔だけが、そのままだ。
何とも言えずに夏耶を見つめる桐人の指がはさんだ煙草から、燃え尽きた灰が地面にこぼれる。
「おひさしぶりです」
夏耶がそう言ってぺこりと頭を下げると、桐人はようやく我に返って煙草をもみ消し、携帯灰皿にしまうと苦々しく呟く。
「もしかして、中野の仕業か……」
津田刑事までピザピザとあんなにうるさかった理由はそういうことか。
二重に担がれた悔しさで頭をがしがし掻いていると、夏耶が切実な声で言う。
「私が頼んだんです……! もし先生が帰って来ることがあったら、会いに行くからすぐ教えて欲しいって」
「……どうして」
目を細めて、彼女の真意を探ろうとする桐人。
そんな風に言われたら、変な期待をしてしまう。
本当は、二度と帰って来るつもりなどなかったのに、たった五年であっさりと気持ちの限界を迎え、この場所に帰ってきた自分と同じ気持ちなのではないかと。
しばらく目を伏せて言葉を探していた夏耶は、意を決したように顔を上げると、凛とした声で告げる。
「先生のことが、好きだからです」