恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「沢野……」
ポツリとつぶやいた桐人の中に、抑えていた気持ちがあふれる。
夏耶には聞きたいことがいろいろある。仕事のことも、それから子供のことも……。
けれど、そんなことよりまず先に、彼にはしたいことがあった。
――自分の気持ちを伝えなければ。今度こそ、ちゃんと。
「俺も……俺も、沢野が好きだよ。だから、帰って来たんだ」
噛みしめるように、確かめるように言葉を紡いだ桐人は、彼女の手を掴んで優しく引き寄せ、小さな背中を抱き締めた。
短いようで長かった、五年分の思いを埋めていくように、強く強く。
夏耶も、彼を離すまいとするようにその手で彼にしがみつき、目を閉じて彼の胸の音を聞く。
しばらくそうしていると、ここが路上ということもあって、照れたように身を離した夏耶が、思い出したように言う。
「そうだ……先生に、ひとつ謝らなきゃ」
「謝る?」
「……はい。息子の名前をつけるとき、勝手に先生から一文字もらってしまったこと」
桐人は驚いたように目を瞬かせ、それからふっと柔らかく微笑んだ。
「いいよ、むしろ光栄。……とりあえず中に入ろうか。聞かせて、子供の話いっぱい」
コクンと頷いた夏耶の手を取り、桐人はビルに入っていった。