恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「……あれ? いない」
事務所に戻ると、豪太も津田も麻衣子も姿を消していた。
その代わりに、さっきまで囲んでいたテーブルにメモが一枚。
【これで、敏腕弁護士三人を有する相良法律事務所、新装開店ですね! 中野】
【誤解するな、吉野はただの同僚だ。 津田】
【事務所でエッチなことしちゃダメよ♪ 吉野】
「……まったく、好き勝手なことを。しかし表には俺らがいたから、わざわざ裏の非常階段から出てったのかね」
メモを手に苦笑する桐人を見て、夏耶が首を傾げる。
「なんて書いてあるんですか?」
桐人は無言でメモを夏耶に渡した。そして彼女の反応を見ていると、三人目のメッセージを見たらしい瞬間、ぽっと顔を赤くした。
そして、桐人の方を見ずにメモをその手に返す。
「ふざけすぎですね……」
「ホントだよ。……ま、いつかはここでも、と思うけどね?」
「せ、先生……っ!」
取り乱す夏耶の頭をぽんぽんと撫で、桐人は彼女をソファに促す。
そして二人で並んで座ると、桐人は優しく尋ねた。
「さっき言ってたけど……息子、なんて名前?」
「真人です。真実の真に、ひとって書きます」
「なるほど……いい名前だ。特に“人”がね」
得意げな桐人を夏耶はくすくす笑って、それから笑顔のまま、穏やかななトーンで話す。