恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「もし、先生が日本に帰って来ることがなくても。こうして、思いが通じることがなくても……先生のこと、尊敬できる素敵な人だって思っているのは揺らがないから、人の字をもらうことを決めました。……まあ、まだ本人は四歳だし、やんちゃばっかりなんですけどね」
そう言いつつも、息子への愛しさをほころんだ目元に漂わせる夏耶。
妊娠中は、子供を持つことにたいして不安を滲ませる姿も多く見られたものの、今の彼女からは母親らしい頼もしさと優しさがにじみ出ていた。
「……大変だっただろ。一人で、子供を四歳まで育てるなんてすごいよ。尊敬する」
「……そんな。毎日いっぱいいっぱいなだけです。あ、でも、出産は本当に大変でした。私、先生のこと空港まで追いかけていったときに、無理したせいで早産になりかけて……」
「ええっ!?」
驚愕した桐人は、思わず身を乗り出して彼女の顔を覗き込む。
「ちょっと待って、追いかけて来たって……?」
「だって、何も言わずに行っちゃおうとするから……豪太くんに飛行機の時間聞いて、急いで成田に向かって……」
「なんでそんな危ないこと! ……って、俺のせい、か……」
言葉の途中で勢いをなくし、桐人は肩を落とす。
過去の自分の行動がいかに身勝手だったかを思い知らされたようで、今さら胸が痛んだ。
「……いいんです。真人も私も、いまこうして元気でいるんですから。それより、先生……あのとき一緒にいた女性は、誰ですか?」
「女性……? ああ、彼女は……」
当時のことを思い出した桐人は、ふっと苦笑を漏らす。
彼女といる場面を見られたなら、あらぬ疑いを持つのも無理はない。彼はそう思いながら、優しい声色で言った。