恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
5.Dead end
数日後の相良法律事務所で、桐人が電話で誰かと話していた。
この日は土曜日。
アルバイトの夏耶は毎週休みだが、桐人と豪太は出勤して、午前中だけ法律相談を受け付けているのだ。
(おそらく依頼者からの電話だろうな……)
受話器を耳に当てる桐人の表情が真面目であることから、そう見当をつけるのはこの事務所に所属する弁護士の中野豪太だ。
夏耶よりひとつ年下の彼は、大学在学中に司法試験の予備試験と本試験の両方に合格した才気あふれる若者である。
当然法曹界では話題になり、彼を欲しがる弁護士事務所は数多くあった。
にも関わらず、豪太がこんな小規模の相良法律事務所に所属しているのには理由がある。
豪太も夏耶と同じく、彼が弁護を担当した裁判を傍聴したことがあった。
それは夏耶が見たものとは違う裁判だったが、当時世間が注目していた事件を扱っていた。
大勢の人が裁判所に詰めかけたが、実際に傍聴ができるのは抽選で当たった一部の者だけ。
偶然にもその席を引き当てた豪太は、桐人が検察側の不正を明らかにし、彼の前任の弁護士が辿りつけなかった真実を法廷に引っ張り出したのを目の当たりにした。
――警察は、徹底した捜査に基づいて犯人を逮捕する。
それでも間違いを犯すことがあり、しかしその間違いは時に闇に葬り去られてしまう。
警察、そして検察の信用、体裁を守るためだけに。
そして生まれるのは、弁護士が決して許してはいけない間違った判決――冤罪。
桐人はそれを法廷で証明し、前任の弁護士が有罪にしてしまった被告人を救った。
この人の元で、弁護の教えを乞いたい――。
裁判の一部始終を見ていた豪太はそう強く感じて、相良法律事務所の門をくぐったのであった。