恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
――それから、数時間後。
「珍しいですね。先生がゴハン誘ってくれるなんて」
「まぁね。……他の女の子誰も捕まらなくてさ」
「あ、そういうことでしたか」
納得したように頷いてメニューに視線を落とした夏耶を、桐人はぼんやり見つめながら思う。
(……まあ、ショックを受けるはずもない、か)
桐人に“女好き”というレッテルを貼ったのは自分自身の行動のせいであるし、これからもそのスタイルを変えるつもりはないが、彼は少し傷ついた。
もちろんそんな思いは表情に出さず、テーブルに少し身を乗り出すと、夏耶と一緒に注文する料理を選ぶ。
桐人が彼女を連れて来たのは、ホテルの高層階にあるイタリアンレストラン。
ドレスコードがあるわけではないが、カジュアルすぎる服装では居心地が悪くなるような、静かで品の良い店だ。
フロアの端にはグランドピアノが置いてあり、ドレスを纏った女性が、食事の邪魔にならない程度の絶妙な音量で鍵盤をたたいている。
「……今日は、試験勉強でもしてた?」
オーダーを済ませると、椅子に深く腰掛け背もたれに身を預けた桐人が尋ねた。
夏耶は小さな口をつぐんで何か考えていたが、やがて気恥ずかしそうに微笑しながら言う。
「いえ……買い物に出かけてました。同窓会に着て行く服、探しに……」
「……勝負服ってわけか。ふうん、どんなの?」
「結局、ブナンなワンピースになっちゃいましたけど……」
「だいじょぶだいじょぶ。たいていの男はスカート穿いてれば」
「先生はまたそうやって……」
特別に想う相手にすらこういう適当なことを口にしてしまう自分はもはや病気だなと、桐人は内心自嘲していた。
そして運ばれてきた食前酒を一気にあおると、拗ねたように窓の外の夜景を見つめる夏耶を、とろんとした瞳で眺めた。