恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
食事が始まると、会話は色気のない仕事の話題ばかりになってしまった。
夏耶の方からあれ以上同窓会の話をすることもなかったし、桐人もわざわざ聞きたくなかった。
そしてたとえ会話の内容が訴訟だの賠償金だのと重苦しいものでも、彼女が自分の前にいてくれて、ときどき笑顔を見せてくれるだけで、彼は満足だった。
「先生……私これ、苦手なんですけど、食べます?」
「ん? どれ? ……ああ、エスカルゴね。ちょーだい」
桐人がそう言って銀のフォークを夏耶のお皿の方に伸ばしたが、彼女は自分のフォークで殻から身を取り出していて、そのままそれを桐人の口の前に運んだ。
一瞬面喰って固まった桐人の口に、夏耶はぷに、とエスカルゴを押し付ける。
彼がゆるりとそこを開けると、彼女はうれしそうにそれを桐人に食べさせた。
どくん、と心臓が脈打つ。
エスカルゴは彼の好物であったが、咀嚼してもよく味が分からない。
「……美味しいですか?」
「え? ああ、うん……」
(……まさか、こんなことで狼狽えるとは。……結構重症だな、俺)
視線を泳がせながらワインに手を伸ばし、水のようにそれをのどに流し込むと、夏耶が心配そうに言う。
「先生、ペース早くないですか?」
「……かもね。沢野がちょっと二重に見える」
「え! それヤバいですよ、お水、飲んでください」
夏耶が桐人の目の前に、透明な水が揺れるグラスを差し出す。
すると彼は、突然火照った手で彼女の手首を掴んだ。
「いいから、放っといてくれる? ……酔いたいんだよ、俺は」