恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
そんな風に事務所自体は上手く行っているものの、基本的に桐人は不真面目な所長である。
今日のようにあまり予定が立て込んでいない日に事務所で一番真面目な豪太が休みを取っている場合など、特に彼のやりたい放題。
煙草を吹かしながらスポーツ新聞を眺めていたり、週刊誌の袋とじをキレイに開けることに失敗して大げさに落ち込んだり、女性からの呼び出しに応じて事務所を空けてしまったり。
しかも夏耶もそのことに関して特に問題があるとは思っておらず、こんな日は仕事もせずダラダラと過ごしてしまうのが、この二人の悪い癖である。
今日は来客用のシンプルな黒レザーのソファに二人並んで座り、テーブルに湯気の立つおでんとコーヒーを広げて、雑談に興じる。
「ねえ先生」
「んー?」
「高校の同窓会のハガキ……来ちゃった」
両手でコーヒーの入ったカップを包み込む夏耶が、困ったようにそう言った。
けれど、横顔にはどこか嬉しさが滲んでいるような気がして、そんな夏耶を桐人は素直に可愛いと思った。
とは言っても、桐人が女性を“可愛い”と感じるのは、もはや呼吸をするのと同じくらい、彼にとって特別なことでもなんでもないのだが。
「へー。じゃあ久しぶりに会えるんだ、彼に」
「……来れば、ですけどね」
夏耶が同級生の幼なじみに片想いしているのは桐人も知っていた。
そしてその男に婚約者がいて、夏耶が自分の恋心を心に閉じ込めてツライ思いをしていることも。
(やっぱりまだ好きなんだな……)
一途に誰かを想うなんて気持ちとは無縁の生活を送っている桐人の目には、夏耶がいたいけな少女のように映り、いつも胸に小さな痛みと、コドモや小動物に抱く類の愛しさを覚えていた。