恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
可愛らしくて愛想があって、頭がよくて聞き上手で。言い寄る男は絶えないだろうと思うのに、不器用な彼女は好きな相手のことしか思えない。
そんな夏耶を、桐人は自分の周りにいる女たちと少し違うと思っていて、だからこそ夏耶だけには手が出せなかった。
いや、正確には一度、出そうとしたのだが――。
「……同窓会の後、二人で飲み直そうとか言ったら、乗ってくれると思います?」
夏耶の大きな瞳がすくいあげるように桐人を見つめてきて、我に返った彼は、思い出しかけていた夏耶との一夜を頭の中から追い出し、得意の軽薄な笑みを浮かべる。
「うん、俺なら乗る」
「……でしょうね。ダメだ、先生に聞いても全然参考にならない」
「やー、でも、大丈夫じゃない? 男だったら、酒飲まされて口説かれて、適度にボディタッチされたらもう乗っちゃうでしょ」
「……先生の“乗っちゃう”はエロいです」
「だってそういう意味だもん」
いつも冗談ばかりの桐人に呆れつつ、けれど夏耶は彼を信頼していた。
まだ、夏耶が法学部の学生時代のときのこと……桐人が弁護を担当した刑事事件の裁判の傍聴に行ったときに、彼女は彼の真摯な弁護に心打たれたのだ。
世間から冷ややかな目で見られ、味方などいるはずもない殺人事件の被告人。
彼が罪を犯したことは明白だったが、そこに至ることになった経緯をひとつずつ明らかにして、裁判官に情状酌量の余地を認めさせたときの桐人の真剣な瞳と、彼の弁護に感極まって涙を流す被告人の姿を夏耶は今でも忘れない。
(……とはいえ)
おでんの容器を空にし、煙草とライターを持って立ち上がった桐人の背中を見つめていると、彼が振り返って口角を引き上げ、不敵に微笑む。
「同窓会までに、誘う練習したくなったら言って? いつでも付き合うよ」
「……先生だけには頼みませんよ」
(ホント、仕事を離れると、しょうもない人なんだから……)
夏耶はため息を一つつくと、テーブルの上のごみを片づけ始めた。