恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「普通は……そうじゃないですか? 知らない人とどうこうっていうのもアレだし」
「そっか。……でも、私、普通じゃないからさ」
トン、と足音を立てて部屋に戻った琴子が、椅子の上にあったバッグから何かを取り出す。
彼女が普通じゃないのはこの部屋を見ればなんとなくわかったが、バルコニーに戻ってきた彼女が差し出してきたものが何かわかると、俊平はさらに混乱した。
「ど、どうしたんですか、こんな大金!」
渡された封筒をカサリと開くと、目が飛び出しそうな量の札束が覗く。
茶封筒に札束だなんて、ドラマの世界の中でしか見たことがなかったのに、現実にそれが俊平の目の前にある。
もしかしたら彼女は麻薬密売人か何かなのだろうかと、彼は恐怖心すら覚えた。
「……別に、変なお金じゃないよ、ちゃんと、私のもの。でも、もう要らないからあなたにあげる」
「あげるって……どうして」
「……だって、どうせ使い切れないうちに死んじゃうし」
二人の間にそよぐ風のように、軽い調子で琴子は言ったが、俊平の胸はどくんと重い音を立てていた。
よくよく見てみれば、ワンピースの裾からのぞく彼女の膝やくるぶしは痩せすぎてごつごつとしているし、二の腕も極端に細い。
砂浜からここまできちんと歩いてきたし、言葉だって交わせるけれど。
俊平は琴子のなかに、死を感じさせる何かが確かに漂っているのを感じた。