恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
一度寝ただけの相手と結婚するなんて、どうかしている。
心のどこかでそう忠告する自分がいることにも気が付いていたが、琴子は素直に俊平のプロポーズを受け入れた。
俊平は帰国を一日遅らせ、二人でグアムの観光名所である恋人岬へ行って、永遠の愛を誓う鐘をついた。
こんな鐘の音ひとつで愛が持続するなら、誰も苦労しない。
今までの琴子ならそんな反発心を抱いたはずだったが、隣にいる俊平が幸せそうだったから、それでいいかと思えた。
ささやかだけれど確かな喜びがそこにはあって、時間を掛けてそれを重ねていくことはきっと意味のあることだと、琴子はそのとき信じていた。
*
――今でも彼女は、頭の中でその鐘の音を好きな時に鳴らすことができる。
俊平との、はじまりの音。
生きていることを実感する音。
幸せを教えてくれた音。
それにノイズが混じるようになったのは、いつからだったろう。
愛は次第に形を変え、今の自分たちは、お互いを思い通りに動かすことに必死だ。
別れる、という選択肢はない。
だから余計に苦しい。
明け方同窓会から帰ってきた俊平が、長い時間をかけてシャワーを浴びている。
琴子はその間にベッドを抜け出し、ダイニングの椅子に掛けられた彼のスーツのポケットを探ると、足音を忍ばせて再び寝室へ戻って行った。