恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
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「……あれ、もう降って来たのか」
桐人が事務所に出勤してすぐ、窓にぽつぽつと雨粒の当たる音がして、彼は窓から外を眺める。
灰色の雲の下、慌てて傘を開くサラリーマンや、慌てて軒下に駆け込むOL……
その中に、雨に打たれたままうつむきがちに歩く夏耶の姿を見つけて、桐人は怪訝に思った。
(何のんびり歩いてんだ……すぐここに駆け込めば濡れなくて済むのに)
事務所の棚にあった新品のタオルを手に、彼は下まで夏耶を迎えに行った。
「沢野ー、早く来ないと風邪引くぞ」
「……先生」
反射的に顔を上げた彼女だがまたすぐにうつむいてしまい、さらに濡れた髪で顔を隠すようにしながらビルの前まで来た。
「おはよ。……ほら、これで拭いて」
「……ありがとうございます」
夏耶がぎこちなく髪や肩をタオルで押さえると、桐人の鼻に甘い香りがかすめる。
彼女がいつも纏っている香りは爽やかな種類のものだったが、そこに雨の匂いが混じると不思議とセクシーさが加わって、それを嗅いだ彼は一瞬くらくらした。
我に返った彼は、自分をごまかすように、雨雲を見上げて言う。
「今日は客足遠のきそうだねー」
「そうですね……」
「裁判所行くのもメンドクサイし」
「そうですね……」