恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


ここまでくると、桐人には目の前の機械が何に使われたのかなんとなくわかるような気がしたが、自分から言い出す勇気はなかった。

それを察したかのように、琴子が核心に触れる。


「それで……彼のポケットに、これを。……インターネットで、買ったんです。何もなければそれでいい。でも、何かあったら今度こそ彼を自由にしよう。……そう、思って」

「……琴子さんは、聴いたの?」


桐人の言葉に、彼女は激しく首を横に振った。


(怖くて、できなかった――か)


桐人は自分を落ち着かせるように長く息を吐き出し、小さな機械を琴子の方へ突き返した。


「……いちおう俺も弁護士の端くれです。違法に録音されたものを聴くわけにはいきません」


毅然とした態度でそう言った桐人だったが、その言葉は建前もいいところだった。

もしかしたら、自分の聴きたくないものが録音されているのではないか。

そう思うと怖くて、弁護士という立場を盾にして逃げようとしたのだ。


「……盗聴、したものを、第三者に聴かせるのはマズいっていうのは知ってます。……でも相良さんなら、力になってくれるかもって……」


ぎゅ、と膝の上で拳を握りしめた琴子。
彼女の身体は、怯えた小動物のように小刻みに震えていた。


(……参ったな)


桐人は冷めたコーヒーに口をつけ、ごくりと喉を鳴らす。

そしてカップに残った黒い液体をしばらく見つめると、ゆっくり視線を上げた。



「……傷つく覚悟は、できてるんですね?」



琴子はびく、と身体を強張らせ、それでも彼の言葉に深く頷く。


(……覚悟できてないのは、俺の方か……)


桐人は脈打つ鼓動がどんどん大きくなるのを忌々しく思いながら、とうとう機械を手に取り、耳元に当てた。




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