恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
8.Drunk driving
『……え? 私、外出の準備してたんですけど』
「あー、そっか。でもいいや。この雨だし資料借りるのはまた今度にするから、一人で行ってくる」
『そうですか……わかりました』
喫茶店の前で琴子と別れた桐人は、店の軒下で夏耶に電話していた。
彼は本当なら、この後一度事務所に戻ってから夏耶を連れて裁判所に出向くつもりだった。
しかし、今は彼女の前でどんな顔をしたらいいのかわからなかった。
電話越しの声を聞くだけでも、胸がかき乱される。
「……あのさ、沢野」
『はい』
「今日……じゃなくてもいいんだけど、仕事終わりに一杯付き合ってくれない?」
『……? 別に、今日でもいいですけど。あ、もしかしてさっきの女の人にフラれたんですか?』
呆れたような夏耶の声を聞いて、桐人は鼻から小さく息を洩らして笑い、同時に胸に傷を負っていた。
(……彼女の中の俺の立ち位置って、ホントに“どうしようもない男”なんだな)
せつない想いに胸を締め付けられながらも、彼は軽い調子を崩すことなく言う。
「……まぁそんなとこ。前に行ったモヒートバー、覚えてる?」
『はい。……“お店のことは”覚えてます』
「じゃあ、今夜もそこで」
『わかりました』
電話を切ると、桐人は黒い傘を開いて雨の中を歩き出す。