恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
横殴りの雨は、どんな角度に傘を傾けても少しずつ彼の体を冷やして、桐人は一度大きなくしゃみをして鼻を啜った。
コートの前をかきあわせて早足になりながら、彼が考えてしまうのはやはり夏耶のこと。
(もし、俺が風邪引いて寝込んだとしても、あんまり心配してくれないんだろうな)
今の桐人はどこまでも卑屈だった。
その理由はもちろん、琴子の持ってきた生々しい録音のせいである。
彼はそれにより、夏耶と俊平の情事の一部始終を聴いた。
想像力を、必死で殺しながら。
そして、無言ですべてを聴き終えた彼は、不安げな琴子に微笑みかけながらこう言ったのだ。
『琴子さんの心配していたようなことは、ありませんでしたよ。ただ、二人は幼なじみなので、それゆえの親密そうな会話はあります。
あなたが聴いたら必要以上に不安になってしまうかもしれませんから……もし良ければ、これは俺に預けてくれませんか?』
『よかった……そうですね、そうします』
琴子のあからさまに安堵した表情に、桐人の方こそほっとしていた。
これは、琴子の聴く必要のないものだ。
彼女の婚約者と夏耶は、確かに結ばれた。しかし、その直後に呆気なく壊れたのだ。
――他でもない、自分のせいで。
夏耶が今朝事務所で、何か言い出しかけていたことを桐人は思い出す。
(俺は……なんて説明すればいい?)