恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
あの場で自分の名前が出たこと、それには理由があると夏耶に説明してやりたくても、そもそも夏耶と俊平の会話の内容を桐人が知っているのは本来あり得ないこと。
盗聴器を仕掛けたのがたとえ琴子でも、その中身を聴いていれば同罪――いや、琴子は聴いていないのだから、桐人の方が罪は重いかもしれない
何より夏耶がそれを知ったら、彼を嫌悪し、軽蔑するであろう。
(参ったな……嫌われるの確定、か。それなら一度だけでも、自分の気持ちに正直になってみるか――?)
静かに、けれど確実に燃え上がる夏耶への想いと、俊平への嫉妬心。
ゆうべ彼らがすれ違ったのは自分のせい。
そのことに言い訳をするつもりはないが、あのとき俊平が夏耶をちゃんと信じていれば、もっと別な結末だってあったはず。
ひたむきな夏耶の瞳に見つめられ、あの幸福に満ちた嬌声を聞いていながら、“弁護士の手先”だなんて考えに至った俊平を、桐人は見る目のない男だと思う。
だからといって夏耶に“自分を選べ”だなんてことは言えないのだが。
(……今まで俺はどうやって女を口説いていたんだろう?)
ひと晩寝ただけの相手なら、両手に余るほどいる。
上辺だけの楽しい会話で相手をその気にさせて、ベッドの中では甘いため息を耳に吹き込んで。
でも、その方法が夏耶に通用するわけがないし、使いたくもない。
だからと言って、正面切って“好きだ”なんて、言っている自分を想像しただけで羞恥で死にそうだ。
思い悩んでいるうちに、目的の裁判所の前まで辿り着いていて、彼は慌てて乱れた感情を押さえこみ、弁護士相良桐人の顔になる。
背筋を伸ばして建物の中に入っていく彼の姿は敏腕弁護士そのものだが、実際は、自分の気持ちに正直になる方法も忘れた、ただの不器用な男だった。