恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
終業時刻を少し過ぎた事務所に、夏耶と豪太が残っていた。
さっきまで降り続いていた雨はようやく大人しくなったが、その代わりに沈黙が気まずく感じられるような気がして、夏耶が豪太に話を振った。
「……ねえ、豪太くんって彼女いるんだっけ」
「なんですか突然。一応いますけど」
「そっか……浮気したことってある?」
今まで手元ばかり見ながら事務作業をしていた豪太は、急に飛び出した“浮気”というワードに反応して、少し離れたデスクで頬杖をつく夏耶を見やった。
彼女は何もない斜め上の壁を見ていて、豪太は不思議に思いながら、ありのままを答える。
「ないスけど……」
「あ、だよねぇ。まじめな豪太くんが浮気してたらなんかショックだもん」
「……沢野さん、彼氏に浮気されたんですか?」
夏耶は、ストレートな豪太の問いかけにふっと苦笑する。
桐人がここにいたなら、“女の子にそんなこと聞くんじゃない”と言って豪太を書類か何かで叩くんだろう。
「……違うよ。どっちかというと……私は、“浮気相手”の方」
「え」
「あはは、大丈夫だよそんな顔しなくて。……もう、フラれたし」
夏耶はそう笑い飛ばすと、豪太の追及するような視線をかわして、事務所の扉を出た。
(……先生、遅いな)
さっき、電話で桐人から飲みに誘われた時、夏耶は救われたような気持だった。
今夜、一人で過ごさなくてもいい。俊平のことを考えなくていい。
そう思っていれば、今の時間まで心の平穏をなんとか保つことができた。