恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
けれど、事務所が閉まる時間が過ぎても桐人が帰って来る気配がない。
夏耶は雨の止んだビルの外で、首を長くしながら彼を待った。
(前にも行ったモヒートバーって……私、飲みすぎて途中から記憶がないんだよね)
その店は、五十代の店主の好みで70年代のロックが流れていた。
インテリアもどことなくロックテイストで、ギターが数本飾ってあって。
きっと彼が弾くのであろうと思っていた夏耶だが、のちに桐人が『あれはただの飾り。店主はロック好きなだけで楽器はできないんだよ』と耳打ちしてくれて、ドレッドヘアの店主を見ながらくすくす笑った覚えがある。
(あのときも……ささいな会話で笑わせてくれる先生に、救われてたっけ)
当時、律子から俊平の婚約者に関する話を聞かされたばかりだった夏耶。
仕事も上の空でミスが多く、見かねた桐人から“息抜きに”と飲みに誘われたのだった。
『……大人になって、片想い……しかも実る確率ほぼない恋をするなんて、時間の無駄もいいとこですよね』
ライムとミントの香りが爽やかで、口当たりもいいモヒートを次々喉に流し込み、酔いがまわった頃、夏耶は桐人に自分の想いを吐露していた。
桐人の方はいくら飲んでも顔色を変えることなく、可愛い妹分にするように夏耶の頭をぽんぽんと叩くと、指に挟んでいた煙草の火を揉み消して言った。
『そうかな? ……真剣に誰かを想う時間が長ければ長い分、女の子は綺麗になるんじゃない?』
『……綺麗になんて、ならないです。心の中、醜い嫉妬ばっかりで……自分で自分がいやになります』
『そ、か……俺は、“恋は楽しく”がモットーだから、たぶんそういう恋は早々に諦めちゃう性質(タチ)かも』
『諦められるものなら、諦めたいです……他の人を好きになれたら、って何度も思いましたし……』