恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
――夏耶がぼんやりと覚えている桐人との会話はここまで。
そこから先はぽっかり記憶が抜け落ちていて、気が付いたら自宅のベッドで寝ていた。
あとから桐人に聞くと、『潰れちゃったからタクシーで家まで送ったよ。お礼? キスかハグなら受け付けるけど』と、いつものふざけた調子だった。
とりあえず泣いたりわめいたりはしなかったらしいと夏耶は胸を撫で下ろし、キスとハグの代わりに裁判の資料を桐人に押し付け、彼を落胆させたのだった。
*
「……ゴメン。ずっと待ってた?」
その声にはっとした夏耶が顔を上げると、ばつの悪そうな桐人の顔があった。
彼女は首を横に振り、二階の事務所をちらりと見上げて言う。
「豪太くんがマジメに仕事してるときにあそこにいると、息が詰まりません?」
「はは、同感。……じゃあ荷物取りに行ったらすぐ行こう」
ぽん、と背の低い夏耶の頭に手を置いた桐人。
いつもの彼なら何気なく彼女にそうできていたはずなのに、今日はとてつもない勇気が要った。
(俺はこんなことくらいで緊張してんのか……)
――自分はこれから何を夏耶に伝えるべきなんだろう。
昨夜彼女の身に起きたことの責任は自分にあると謝罪して、その上で自分の気持ちを真摯に伝える?
それとも、真実は闇に隠したまま、傷心の彼女を優しく慰める上司に徹する?
それか――――
彼女の忘れている過去の事実を再現して、無理やり自分のものにしてしまう?