恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
今まで人並みに恋をしてきたつもりだった。
恋愛の酸いも甘いも知ったうえで、だからこそ自分は自由に、恋愛の楽しい部分だけを謳歌するスタイルを貫いてきた。
けれど今、夏耶の手を握ったことで生まれるのは、嬉しさももちろんあるが、同じ分だけの切なさ。
彼の胸は窮屈に締め上げられ、苦しいのに、その原因を取り出すことはできない。
そんな、痛みと隣り合わせの想いは、彼の求める“楽しいだけの恋愛スタイル”とは程遠いもの。
――それでも、彼は。
(くそ……離したくない)
苦しい方を選ぶなんてどうかしていると、自分でも思う。
けれど、それこそが恋というものではなかったかと、桐人は今になって思い出した。
「……先生、もしかして……励まそうとしてくれてます?」
だから、夏耶がそんな見当違いのことを言い出して寂しげに微笑んだ顔を見たら、彼は自覚した想いをどうしても抑えきれず、路上でいきなり夏耶を抱き寄せた。
はずみで夏耶が踏みつけた水たまりは小さくしぶきを立て、そこに映る金色の三日月が揺らめく。
「……違うよ。そうじゃない……俺は……」
何が起こったかわからず、桐人の腕の中でまばたきを繰り返す夏耶。
そのまま少しだけ身体を離した桐人に、彼らしからぬ真剣さの滲んだ表情で見つめられると、思わず彼女の胸がトクンと鳴った。