恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
(先生……どうしちゃったの?)
夏耶が瞳でそう語りかけても、彼は言葉の先をなかなか継がない。
その間、彼の憂いを帯びた眼差しが彼女にずっと降り注いでいて、夏耶は女性が桐人を放っておかない理由がなんとなくわかった気がした。
トクトクと鼓動が速くなっていくのを耳の奥で聞きながら夏耶が身動きもとれずにいると、抱きとめられていた背中がふっと解放される感覚があった。
目の前の桐人は自分の髪をくしゃくしゃと乱しながら、下を向いて深く長いため息を吐き出している。
それから顔を上げた彼は、困ったように眉を下げながら笑い、いつもと同じように、夏耶の頭の上に手を置く。
「ゴメン……びっくりした、よな?」
「はい、あの……」
「うーん。説明したいのは山々なんだけど、ちょっとだけお酒の力借りるの、許してくれる?」
夏耶の心臓はまだ早鐘を打っていたが、どうやら普段の桐人に戻ってくれたらしいと判断し、胸を撫で下ろしながらコクンと頷く。
それから目的のバーまで、二人は少しの距離を開けて、無言のまま歩いた。
ときどき後ろを振り返って夏耶がいるかどうかを確認する桐人の顔は穏やかだった。
けれど通りがかる車のライトにときどき浮かび上がる背中にはやはり、何か哀愁のようなものが漂っているような気がして、夏耶の心は小さくざわめき始めていた。