恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
夏耶は怪訝そうに眉根を寄せるが、思い当たることはない。
桐人の事務所で働いていると、より多く慰謝料を獲得するために、そういうツールを使って配偶者の不貞を暴きたいと依頼してくる者がときどきいる。
けれど桐人は、“ウチは探偵じゃないんで”と固く断るのが常だ。
盗聴器絡みで夏耶が知っていることと言えば、それくらいのこと。
「……ありませんけど」
「そ、か。じゃあ、こう言えばわかる?……昨夜は、俺のせいでぶち壊しになったみたいで、ゴメン」
「え……?」
どくん、と夏耶の胸が重い音を立てて揺れる。
(どうして、先生がそのこと――――)
そのとき、夏耶ははっとした。
脳裏によみがえたのは、昨夜、ある時を境にして急変した俊平の態度。
あれはそう、確か名刺を渡した直後から――。
『俺に近付いたのはその“所長”の指示か』
『それとも服に盗聴器でも仕込んでたか』
まさか、信頼している上司の桐人がそんなことをするわけがない。
あのとき夏耶ははそう思ったが、今、こうして桐人が“盗聴器らしきもの”を持っている。
そして、“自分のせいでぶち壊しになった”などと、まるであの部屋にいたかのように語る。
(まさか、ホントに、先生が……)
――信じていた人に裏切られた。
そんな思いで胸が痛むのと同時に、昨夜の情事……何より、結ばれた直後にあっさり壊れた初恋の顛末を聞かれていたのだと思うと、夏耶は羞恥でどうにかなりそうだった。