恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「せんせ……ひどい……です……っ」
どうしてそんなことをしたのか、理由まではわからない。
けれど、そんなことまで考えていられる余裕などない夏耶は、恥ずかしさに紅く染まった頬と、瞳に浮かんだ涙を隠すようにうつむいて、彼を糾弾する。
「そんな人だと、思いません、でした……っ! 私の気持ち、知ってて……笑ってたんですか……?」
「……違うよ」
きっと、夏耶は誤解している。正しいことを説明してやらなくては。
頭ではそう思っている桐人だったが、酒も入っているせいか、責められてばかりいると、こちらも何か仕返しをしてやりたいなどという考えが頭をよぎる。
(あんなモン聴かされて……泣きたいのは、こっちだ)
彼にしては珍しいネガティブな気持ちはみるみる増大して、彼は夏耶が嫌がるのを知っていながら、カウンターに出していた煙草の箱に手を伸ばす。
「……一個、訂正させて」
そう言って、煙草をくわえた彼は、慣れた動作で火をつけ煙を吸い込むと、ため息と一緒に紫煙を細く長く吐き出す。
そしてうつむいたままの夏耶に少しの苛立ちを感じながら、彼はこう言った。
「……沢野のハジメテの相手は、“しゅんぺー”じゃないよ」
これには夏耶も顔を上げずにはいられなかった。
この人は何をふざけたことを言っているんだろう。会話を盗み聞きしたうえ、ありもしない嘘をつくなんて。
怒りで頭に血がのぼる夏耶とは対照的に、桐人はどんどん自分の心が冷たくなっていくのを感じていた。
それは冷静というよりは、冷酷と言った方が似合う、暗い気持ちだった。