恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


『大丈夫だよ。“ワンナイト”だからこそ、お互い後腐れなく割り切れる。……あ、沢野が俺に惚れちゃったらまた別だけどね?』

『……それなら、それで、いいのかも。先生のこと、好きになれたら……今の苦しさからは、きっと解放される……』


桐人の自信過剰な冗談にまじめにそう返してた夏耶は、何かを決心したかのように膝の上で拳を握りしめていた。


(……もしかして、責任重大?)


軽い気持ちで誘ったのは間違いだったかという思いが脳裏をよぎる中、けれど女を抱くのが趣味のような桐人だから、みすみすこのチャンスを逃す手はないと、夏耶を自分のマンションに誘った。


六法全書を部屋のわざと目立つところに置いておくと、普段彼の家へ来る女たちは“カッコイイ~”などと目を輝かせる。

そのお手軽さが桐人は好きで、彼女たちのことも素直に可愛いと思っていた。

けれど、その夜招いた女はまるで事務所でそうするように、『これ、どこに片づければいいですか?』と分厚い本を手に、部屋の真ん中で立っている。

すぐに腕を絡めたり、キスをせがんでくる女たちに慣れ過ぎていた桐人は、なぜだか緊張する自分を感じ、いつもならすぐ向かう寝室には行かず、リビングで夏耶と飲み直すことにした。

桐人がワインの栓を開けると、二人はブラックレザーのソファにならんでグラスを傾け合う。

特に会話はなかったが、バーからここまで来る途中で覚めかけていた酔いが再び回ってきて、桐人の緊張も次第に解けて行った。



< 75 / 191 >

この作品をシェア

pagetop